オナモミ亭 ~猫柳一番地~
くも膜下から回復中の父のことを綴る場。
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家族がいつも傍にいる~祖母の教え
くも膜下が父を襲ったあの日から、もうすぐで丸五ヶ月。
「今日も生きていてくれた」のあの日から
「嬉しい・愉しい・美味しいがわかるように」の願いを経て
「やっぱりうちが一番ネ♪」の在宅介護生活が軌道に乗りつつあります。
記憶が薄れないうちに……
リアルタイムで書き留めておいた父がくも膜下で倒れた時のことを
振り返ってまとめておきたいと思います。
あの日わたしは、校了明け⇒月末の請求書お届け行脚のあとで
服を着たまま、お昼寝ならぬお夕寝をしていました。
校了明けの脳ミソは、猛烈な睡眠モード。 24時間起きないことも稀ではありません。
ジャンジャカ鳴り続けたはずの家族からの着信音は、なかなかわたしの脳ミソには届かず
この鳴り方は尋常じゃない! と、脳髄と筋肉に電撃が走ったように飛び起きたのは
母がかけた最初の着信から、1時間ほど経ってからのことでした。
着信履歴を埋め尽くした、母・姉・弟の番号。 何かが起こったのは、父!
全員にかけてみるが、誰にも繋がらない。 気を落ち着けて、メールを確認。
しっかり者の姉から、現時点でわかることをまとめたメールが届いていた。
残業中だった姉は、まだ電車の中。
父が、会議の合間に倒れ、くも膜下であること
救急車は5分で到着したこと
休みだった弟がクルマをだし、母と追いかけたが、父は別の病院に移送されたこと
その場で検査の支払いはせねばならず、かなり時間がかかり、母と弟もまだ父に会えていないこと
町の職員さんが同行してくれ、付き添ってくださっていること
移送先がまだわからないので、ターミナルステーションまで着たら乞う連絡……ここまで。
着たまま寝ていてよかった! バッグはお出かけ仕様になっている! だらしない自分に、万歳三唱。
夫に電話をかける。
会議と接待の多い夫との連絡は、いつもはメール。
電話が鳴る=ただごとではない とわかったであろう夫は、会議中なのに出てくれた。
「長丁場になることを祈る」と、へそくりの在り処を教えてくれた。
夫もわたしも、広告業界に身を置いている。
何人もの先輩が、くも膜下で逝ったのを見ている。
徹夜の多い毎日。 それでもしなければならない接待。 接待したあとにもまた徹夜。
「校了前に、自分が校了にならないように気をつけよう」なんて話をよくしたものだ。
くも膜下! 負けるもんか! お父さんは渡さん!
走りながら、もう一度家族に電話をしてみる。 誰にも繋がらない。
ままよ、と、父の携帯を鳴らして見る。
4……5……6……10回鳴らしたら切ろう……そう思いながら鳴らしていたら「はい、僕だ」
「お父さん! 大丈夫なの?!」 (体調、そして、電話に出てていいのか、と)
「いや、大丈夫じゃないみたいだ」
「そうか~。 びっくりしたよね。 でも大丈夫だよ。 みんな向ってるからね」
「おおそうか。 なるべく早く来てくれよ」
「うん、わかった。 そろそろお母さんは着くと思うから、安心してね」
「ああ。 なんか、電話しちゃ駄目だって言うから、切るよ」
「はいはい。 待ってて。 急いで行くからね」
どちらも、動揺と安堵とが入り混じっていたのだろう。
振り返れば、大丈夫という言葉が何度も出てくる、変な会話。
声はとても弱々しかったが、父の頭ははっきりしている。 そう感じた。
次いで、姉・母・弟と電話が繋がり、少しの安心を胸に電車に滑り込む。
時計を見ると、覚醒してから丁度5分だった。
いつもは駅まで10分かかる。 火事場の馬鹿力、第一弾。
病院に着いたのは、タッチの差でわたしが最後。
母・弟・姉・義兄・甥・姪が、待合室でお弁当を食べていた。
検査が続いているので、まずは腹ごしらえよ……と、弁当を渡された。
母は泣いてはいない。 きっと父の命は大丈夫! まずは存えてくれれば!
弁当を食べながら、祖母の教えを受け入れていてよかった……そう思った。
父へ…と、大雨の日に届けてくださったお花たち。
両親は、弟と3人暮らし。
姉夫婦は、車で1時間のところに2人の子どもと4人暮らし。
わたしは電車で1時間弱のところに、夫と2人暮らし。
ちょいっと集まれるところに直系の血の濃い人手があり
200人を超える親戚も、みな1時間ほどで移動できるところに住んでいる。
これは、母の母、わたしの祖母の教え……というか、我侭のおかげ。
湯島で材木屋兼指物業を営んでいた母の実家。
祖母は、自分の子どもたちに在京の人以外との結婚を許さない人だった。
新婚用の家も、実家から都電で30分以内のところに勝手にみつけてしまうような人だった。
理由は三つ。
「しきたりや常識が違うのは喧嘩の元」「家族は近くにいてこそ百人力」「傍にいないと寂しい」。
最後には「親の言うことは聞くもんだ」が出て、それでもおさまらないと、祖父が矩尺でガツン。
八人兄弟の末っ子であった母は、祖母が強固に姉兄の結婚を阻止する様を見続け
お友達付き合いの段階で、東京に根があるか否かが気になるようになったという。
ただし、昔の人にとっては何人もの恋愛遍歴……なんてことは至極珍しいことで
父と母は、最初で最期の大恋愛で結婚。 長い不妊の期間を経て、わたしたちが生まれた。
小さな頃から繰り返しこの話を聞き「だから三人も、在京の人としか結婚しちゃ駄目~」という母を
時代錯誤も甚だしいと思っていたものだが、気づけば姉もわたしも、在京の人と結婚している。
たくさんいる年の離れた従姉妹たちのほとんどが、在京の人と結婚していることも影響していると思う。
わたしが生まれた時には既に主婦となっていた従姉妹たちは皆、愉しい家庭を築いていた。
時代遅れの共依存的仲良し……と、馬鹿にすらされる我がイソノ家の面々。
「なんか、サザエさんちみたいだね」と初めて言われたのは、小学生の時だった。
友達の両親を生めそうな我が両親。 躾は戦前並みに厳しかった。
けれど、待ち望まれて生まれ、大事に思われていることは、ひしひしと感じて育った。
そして、わたしたちは東京しか知らない。 東京にしか居場所がない。
父と母に気軽に会えない場所に、わたしたち姉妹の幸せはない……妙齢の頃には納得していた。
実際、結婚生活は楽チン。 やっぱり、目玉焼きには醤油。
家族が集まったところまでだけで、とても長くなってしまいました(笑)
また、続きを書きたいと思います。
そうそう。 湯島の祖母は、老衰で穏やかに天に召されるまで、家におりました。
時々「早くお爺さんのところに行きたいナァ」と呟いていたけれど、まだ小さかったわたしには
死にたいという意味ではなく、お爺さんが大好き、という意味に聞こえました。
祖父は脳梗塞であっけなく逝き、15も下の祖母は気落ちしてしまい、寝付いてしまったのですもの。
祖父が逝ってから一年後、祖母は、祖父を追いかけるように逝きました。
娘に息子、嫁に婿、たくさんの孫に曾孫……家族に囲まれて、穏やかに、穏やかに。
最後に喋っている祖母を見た時、祖母は意識がなく「お爺さん、お爺さん」と言っていました。
畳の上で、家族と一緒に。 祖父・祖母に始まり、たくさんの親戚をそうして看てきました。
家族が傍にいるから容易にできること。 これが我が一族の「幸せの最終回」。
一日でも長く、共に現世で過ごすことを願いながら、その日が来たらたくさん泣いて
愉しかったあの日のことやこの日のことを語り合い、1時間でそれぞれの家へと帰るのです。
「今日も生きていてくれた」のあの日から
「嬉しい・愉しい・美味しいがわかるように」の願いを経て
「やっぱりうちが一番ネ♪」の在宅介護生活が軌道に乗りつつあります。
記憶が薄れないうちに……
リアルタイムで書き留めておいた父がくも膜下で倒れた時のことを
振り返ってまとめておきたいと思います。
あの日わたしは、校了明け⇒月末の請求書お届け行脚のあとで
服を着たまま、お昼寝ならぬお夕寝をしていました。
校了明けの脳ミソは、猛烈な睡眠モード。 24時間起きないことも稀ではありません。
ジャンジャカ鳴り続けたはずの家族からの着信音は、なかなかわたしの脳ミソには届かず
この鳴り方は尋常じゃない! と、脳髄と筋肉に電撃が走ったように飛び起きたのは
母がかけた最初の着信から、1時間ほど経ってからのことでした。
着信履歴を埋め尽くした、母・姉・弟の番号。 何かが起こったのは、父!
全員にかけてみるが、誰にも繋がらない。 気を落ち着けて、メールを確認。
しっかり者の姉から、現時点でわかることをまとめたメールが届いていた。
残業中だった姉は、まだ電車の中。
父が、会議の合間に倒れ、くも膜下であること
救急車は5分で到着したこと
休みだった弟がクルマをだし、母と追いかけたが、父は別の病院に移送されたこと
その場で検査の支払いはせねばならず、かなり時間がかかり、母と弟もまだ父に会えていないこと
町の職員さんが同行してくれ、付き添ってくださっていること
移送先がまだわからないので、ターミナルステーションまで着たら乞う連絡……ここまで。
着たまま寝ていてよかった! バッグはお出かけ仕様になっている! だらしない自分に、万歳三唱。
夫に電話をかける。
会議と接待の多い夫との連絡は、いつもはメール。
電話が鳴る=ただごとではない とわかったであろう夫は、会議中なのに出てくれた。
「長丁場になることを祈る」と、へそくりの在り処を教えてくれた。
夫もわたしも、広告業界に身を置いている。
何人もの先輩が、くも膜下で逝ったのを見ている。
徹夜の多い毎日。 それでもしなければならない接待。 接待したあとにもまた徹夜。
「校了前に、自分が校了にならないように気をつけよう」なんて話をよくしたものだ。
くも膜下! 負けるもんか! お父さんは渡さん!
走りながら、もう一度家族に電話をしてみる。 誰にも繋がらない。
ままよ、と、父の携帯を鳴らして見る。
4……5……6……10回鳴らしたら切ろう……そう思いながら鳴らしていたら「はい、僕だ」
「お父さん! 大丈夫なの?!」 (体調、そして、電話に出てていいのか、と)
「いや、大丈夫じゃないみたいだ」
「そうか~。 びっくりしたよね。 でも大丈夫だよ。 みんな向ってるからね」
「おおそうか。 なるべく早く来てくれよ」
「うん、わかった。 そろそろお母さんは着くと思うから、安心してね」
「ああ。 なんか、電話しちゃ駄目だって言うから、切るよ」
「はいはい。 待ってて。 急いで行くからね」
どちらも、動揺と安堵とが入り混じっていたのだろう。
振り返れば、大丈夫という言葉が何度も出てくる、変な会話。
声はとても弱々しかったが、父の頭ははっきりしている。 そう感じた。
次いで、姉・母・弟と電話が繋がり、少しの安心を胸に電車に滑り込む。
時計を見ると、覚醒してから丁度5分だった。
いつもは駅まで10分かかる。 火事場の馬鹿力、第一弾。
病院に着いたのは、タッチの差でわたしが最後。
母・弟・姉・義兄・甥・姪が、待合室でお弁当を食べていた。
検査が続いているので、まずは腹ごしらえよ……と、弁当を渡された。
母は泣いてはいない。 きっと父の命は大丈夫! まずは存えてくれれば!
弁当を食べながら、祖母の教えを受け入れていてよかった……そう思った。
父へ…と、大雨の日に届けてくださったお花たち。
両親は、弟と3人暮らし。
姉夫婦は、車で1時間のところに2人の子どもと4人暮らし。
わたしは電車で1時間弱のところに、夫と2人暮らし。
ちょいっと集まれるところに直系の血の濃い人手があり
200人を超える親戚も、みな1時間ほどで移動できるところに住んでいる。
これは、母の母、わたしの祖母の教え……というか、我侭のおかげ。
湯島で材木屋兼指物業を営んでいた母の実家。
祖母は、自分の子どもたちに在京の人以外との結婚を許さない人だった。
新婚用の家も、実家から都電で30分以内のところに勝手にみつけてしまうような人だった。
理由は三つ。
「しきたりや常識が違うのは喧嘩の元」「家族は近くにいてこそ百人力」「傍にいないと寂しい」。
最後には「親の言うことは聞くもんだ」が出て、それでもおさまらないと、祖父が矩尺でガツン。
八人兄弟の末っ子であった母は、祖母が強固に姉兄の結婚を阻止する様を見続け
お友達付き合いの段階で、東京に根があるか否かが気になるようになったという。
ただし、昔の人にとっては何人もの恋愛遍歴……なんてことは至極珍しいことで
父と母は、最初で最期の大恋愛で結婚。 長い不妊の期間を経て、わたしたちが生まれた。
小さな頃から繰り返しこの話を聞き「だから三人も、在京の人としか結婚しちゃ駄目~」という母を
時代錯誤も甚だしいと思っていたものだが、気づけば姉もわたしも、在京の人と結婚している。
たくさんいる年の離れた従姉妹たちのほとんどが、在京の人と結婚していることも影響していると思う。
わたしが生まれた時には既に主婦となっていた従姉妹たちは皆、愉しい家庭を築いていた。
時代遅れの共依存的仲良し……と、馬鹿にすらされる我がイソノ家の面々。
「なんか、サザエさんちみたいだね」と初めて言われたのは、小学生の時だった。
友達の両親を生めそうな我が両親。 躾は戦前並みに厳しかった。
けれど、待ち望まれて生まれ、大事に思われていることは、ひしひしと感じて育った。
そして、わたしたちは東京しか知らない。 東京にしか居場所がない。
父と母に気軽に会えない場所に、わたしたち姉妹の幸せはない……妙齢の頃には納得していた。
実際、結婚生活は楽チン。 やっぱり、目玉焼きには醤油。
家族が集まったところまでだけで、とても長くなってしまいました(笑)
また、続きを書きたいと思います。
そうそう。 湯島の祖母は、老衰で穏やかに天に召されるまで、家におりました。
時々「早くお爺さんのところに行きたいナァ」と呟いていたけれど、まだ小さかったわたしには
死にたいという意味ではなく、お爺さんが大好き、という意味に聞こえました。
祖父は脳梗塞であっけなく逝き、15も下の祖母は気落ちしてしまい、寝付いてしまったのですもの。
祖父が逝ってから一年後、祖母は、祖父を追いかけるように逝きました。
娘に息子、嫁に婿、たくさんの孫に曾孫……家族に囲まれて、穏やかに、穏やかに。
最後に喋っている祖母を見た時、祖母は意識がなく「お爺さん、お爺さん」と言っていました。
畳の上で、家族と一緒に。 祖父・祖母に始まり、たくさんの親戚をそうして看てきました。
家族が傍にいるから容易にできること。 これが我が一族の「幸せの最終回」。
一日でも長く、共に現世で過ごすことを願いながら、その日が来たらたくさん泣いて
愉しかったあの日のことやこの日のことを語り合い、1時間でそれぞれの家へと帰るのです。
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≪HN≫
onamomi*
猫5匹・亀2匹・夫のヒトシ(仮名)と東京の空の下で生息中。絶滅危惧職種のアド編集のへっぽこ妻。本業は孝行娘( ´艸`)
●別館的本館●おじゃもみ亭●
くも膜下から復活中の父ナミヘイの介護が生活の軸の今日この頃。あれができるようになった~こんな表情が戻ってきた~と、毎日バシバシ写真を撮る…ついでに、オカシナ写真を、こちらに。
● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
HNのオナモミは、子どもの頃から好きなもののひとつ。投げて、くっつけて遊ぶ、愉しいあのイガイガ。だがしかし。名乗ってから知る☆花言葉。≪怠け・頑固・粗暴≫…ヒドイヮ!ぶほー!
◆登場人物1:わたしの家族◆
リアルサザエさん一家でゴザイマス。
男性はナミヘイ頭で「バカモン」と威張るのが得意。女性はみんな財布を忘れて本人だけが愉快じゃないタイプ~。
・わたし…オナモミ(カツオ☆ポジ)
・夫…ヒトシ
・わたしの父…ナミヘイ
・わたしの母…フネモドキ
・わたしの姉…サザエモドキ(隊長)
・わたしの弟…タラオ
・姉の旦那さま…マスオ兄さん
・姉の息子(甥)…タラオ2号
・姉の娘(姪)…ワカメ
・ピスたちお…うちの五匹の猫
ピ…ピッ君(ぴ助:オス)
ス…スミちゃん(寿実太:オス)
た…たーまん(本名:メス)
ち…ちっ君(ちぃ作:オス)
お…おちゃびん(ライオっさん:オス)
・銭がめーズ
ゼニオ君&デコたん
◆登場人物2:ヒトシの実家の人々◆
夫のヒトシは、植木等さんの暢気なサラリーマンと寅さんの中間みたいなヤツで…ぶほほ。婚家はまさに≪寅屋の面々≫…ぶほほ。うーんと面白いことダケ、たまに。
・夫の父…ヒトシずパパ
・夫の母…ヒトシずママ
・夫の妹…サクラさん
・妹の旦那さん…ヒロシさん
・妹夫婦の双子の息子…ミツオーず
● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
◆わたしの本棚でご紹介した本たち
母が長いこと子ども向けの図書活動をしておりました。新しいものが届く度に夢中で読んだ、愛しい愛しい本たち。何度も何度も読み、大人になってから買い求めたもの・いただいたものなどを、思い出話の中で少しずつご紹介しています。いろいろな訳者や版で出ている本は「この版がイチオシ!」とわたしが愛したものをチョイス。雰囲気が微妙に、そして絶妙に違うのです。是非、まずは図書館で借りてみてくださいな。
シアワセな時間を、お約束します。
● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
◆お世話さまです(*v.v)。template◆
≪CriCriさん≫
オナモミ、浮気をしない人( ´艸`) 時々CriCriさんの別作品でお着替え。アレンジしやすい素敵な仕様で、カスタマイズも愉しいのです( ´艸`)
◆お世話さまです(*v.v)。illustration◆
≪もずねこさん≫
絵本のような優しい温もりとタッチにクラクラ☆どこか不条理な空気感もたまりません。カスタマイズに記事中に…モリモリ拝借中( ´艸`)
≪バーナンの白黒さん≫
味のあるドコニモナイ絵。キリッと書けた時しか使いたくない素敵味。素材も素敵ですが、その他のページもとっても和めます。特に、蛇さんマークのところがとってもお気に入り( ´艸`)
≪埼玉雲丹屋図案社さん≫
ほのぼのなのにインパクト大!吃驚なバランス感覚がたまらない。いつもいい出汁、出ています。
≪アーキミックスさん≫
組合せを考えるだけで愉しくなれる多彩な素材、豊富なバリエーション。みィんな素敵にアーキミックス風味。
≪ふわふわ。りさん≫
ご存知、優しいタッチで大人気の老舗。背景拝借中♪
忍者は静かなイイトコロ。そこがとってもスキナトコロ。だけど時々静かすぎるような気がして、こっそり参加。こっそり☆ず☆みーん、ランキングとかどうでもイイってこと( ´艸`) 自分がよく使う言葉が分析されて、オモシロイデス。
◆respect
※スパム抑制の為トラックバックの設定を「不可」にしております。コメント欄にてお申し付けください。
●別館的本館●おじゃもみ亭●
くも膜下から復活中の父ナミヘイの介護が生活の軸の今日この頃。あれができるようになった~こんな表情が戻ってきた~と、毎日バシバシ写真を撮る…ついでに、オカシナ写真を、こちらに。
● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
HNのオナモミは、子どもの頃から好きなもののひとつ。投げて、くっつけて遊ぶ、愉しいあのイガイガ。だがしかし。名乗ってから知る☆花言葉。≪怠け・頑固・粗暴≫…ヒドイヮ!ぶほー!
◆登場人物1:わたしの家族◆
リアルサザエさん一家でゴザイマス。
男性はナミヘイ頭で「バカモン」と威張るのが得意。女性はみんな財布を忘れて本人だけが愉快じゃないタイプ~。
・わたし…オナモミ(カツオ☆ポジ)
・夫…ヒトシ
・わたしの父…ナミヘイ
・わたしの母…フネモドキ
・わたしの姉…サザエモドキ(隊長)
・わたしの弟…タラオ
・姉の旦那さま…マスオ兄さん
・姉の息子(甥)…タラオ2号
・姉の娘(姪)…ワカメ
・ピスたちお…うちの五匹の猫
ピ…ピッ君(ぴ助:オス)
ス…スミちゃん(寿実太:オス)
た…たーまん(本名:メス)
ち…ちっ君(ちぃ作:オス)
お…おちゃびん(ライオっさん:オス)
・銭がめーズ
ゼニオ君&デコたん
◆登場人物2:ヒトシの実家の人々◆
夫のヒトシは、植木等さんの暢気なサラリーマンと寅さんの中間みたいなヤツで…ぶほほ。婚家はまさに≪寅屋の面々≫…ぶほほ。うーんと面白いことダケ、たまに。
・夫の父…ヒトシずパパ
・夫の母…ヒトシずママ
・夫の妹…サクラさん
・妹の旦那さん…ヒロシさん
・妹夫婦の双子の息子…ミツオーず
● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
◆わたしの本棚でご紹介した本たち
母が長いこと子ども向けの図書活動をしておりました。新しいものが届く度に夢中で読んだ、愛しい愛しい本たち。何度も何度も読み、大人になってから買い求めたもの・いただいたものなどを、思い出話の中で少しずつご紹介しています。いろいろな訳者や版で出ている本は「この版がイチオシ!」とわたしが愛したものをチョイス。雰囲気が微妙に、そして絶妙に違うのです。是非、まずは図書館で借りてみてくださいな。
シアワセな時間を、お約束します。
● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
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◆お世話さまです(*v.v)。template◆
≪CriCriさん≫
オナモミ、浮気をしない人( ´艸`) 時々CriCriさんの別作品でお着替え。アレンジしやすい素敵な仕様で、カスタマイズも愉しいのです( ´艸`)
◆お世話さまです(*v.v)。illustration◆
≪もずねこさん≫
絵本のような優しい温もりとタッチにクラクラ☆どこか不条理な空気感もたまりません。カスタマイズに記事中に…モリモリ拝借中( ´艸`)
≪バーナンの白黒さん≫
味のあるドコニモナイ絵。キリッと書けた時しか使いたくない素敵味。素材も素敵ですが、その他のページもとっても和めます。特に、蛇さんマークのところがとってもお気に入り( ´艸`)
≪埼玉雲丹屋図案社さん≫
ほのぼのなのにインパクト大!吃驚なバランス感覚がたまらない。いつもいい出汁、出ています。
≪アーキミックスさん≫
組合せを考えるだけで愉しくなれる多彩な素材、豊富なバリエーション。みィんな素敵にアーキミックス風味。
≪ふわふわ。りさん≫
ご存知、優しいタッチで大人気の老舗。背景拝借中♪
忍者は静かなイイトコロ。そこがとってもスキナトコロ。だけど時々静かすぎるような気がして、こっそり参加。こっそり☆ず☆みーん、ランキングとかどうでもイイってこと( ´艸`) 自分がよく使う言葉が分析されて、オモシロイデス。
◆respect
※スパム抑制の為トラックバックの設定を「不可」にしております。コメント欄にてお申し付けください。
でっきるっかな、でっきるっかな
はてはてほほー、はてふふー♪
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(2008.6.21~)
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